日本のウイスキーの父、竹鶴政孝の情熱を受け継ぐニッカウイスキー

★スコッチのノウハウを「盗んだ」竹鶴政孝
「50年前、一人の頭の良い日本の青年がやってきて、一本の万年筆とノートでウイスキー造りを盗んでいった」

これは1962年、イギリスの副首相だったヒュームが来日した際におこなったスピーチの一節です。一人の青年とは竹鶴政孝、ニッカウイスキーの創業者にして「日本のウイスキーの父」を指してのこと。「盗む」とは少々人聞きの悪い言葉ではありますが、これは遠く離れた日本でスコッチウイスキーを再現しようと情熱を注ぎ、独自にジャパニーズウイスキーとして発展させた竹鶴への賛辞と考えることができるでしょう。
スコットランドで学んだ竹鶴は成果を2冊のノートにまとめました。この「竹鶴ノート」はしばらく所在不明となっていましたが、現在ではニッカウイスキーに保管されています。
★サントリーのウイスキー造りの礎となる
スコットランドのウイスキー造りを学んだ竹鶴は、それを理想とし、日本での再現に取り組もうとしました。しかし世界恐慌の影響で、当時勤務していた摂津酒造での計画は頓挫してしまうのです。

そんな竹鶴に目をつけたのが日本でのウイスキー造りを計画し、スコットランドから技師を招くことまで考えていた現・サントリーの創業者である鳥井信治郎。

竹鶴を京都府・山崎蒸溜所の初代所長に任命し本格的なウイスキー製造を開始しました。
しかし、飽くまでも本格的なスコッチウイスキー造りを理想とする竹鶴の考えと、鳥井の考えは次第に離れていってしまうもの。

サントリーで自身の後を継ぐ人材の育成を終えた竹鶴は、スコットランドに似た風土を持ち、麦芽を乾燥させ、スモーキーなフレーバーを与えるのに欠かせないピートが豊富に採れる北海道で、自身の理想のウイスキー造りに励むことになるのです。
★竹鶴の情熱を今に伝えるニッカウイスキー
大豆麦芽のみを原料とした「モルトウイスキー」、一つの樽から採られたモルトウイスキーをそのまま出荷する「シングルカスクウイスキー」、ブレンデッドウイスキーを造るのに欠かせないモルトウイスキーよりも穏やかな「グレーンウイスキー」、そして「ブレンデッドウイスキー」。

ニッカウイスキーが現在製造しているウイスキーは本場のスコッチ同様、4種類に分かれます。
モルトウイスキーの銘柄が「余市」「宮城峡」「竹鶴」。

現在、市場価格が高騰しているのがこれらなのですが、昭和の時代に製造されたものや、熟成年数が長いものは買取価格も一層高価となっています。
また、シングルカスクウイスキーは店頭には並ばず、もっぱら蒸溜所やインターネット限定で販売されているもの。こちらも数が少ないので、高価買取を狙うことができるでしょう。
一方で「鶴」「ザ・ニッカ」「スーパーニッカ」といったブレンデッドウイスキーは、近年のシングルモルトブームのおかげで軽んじられてしまいがち。しかし、蒸溜所の責任者であるブレンダーの仕事ぶりが最も発揮されるものでもあります。初代マスターブレンダー・竹鶴政孝の仕事ぶりをうかがうことができるものともいえるでしょう。

 

お酒買取専門店みっけ
株式会社ゲンキの平和堂
〒277-0837
千葉県柏市大山台1-17
04-7137-7112 0120-06-4147