2019年12月25日
ペンドルトン、ネイティブアメリカンの世界観
アメリカはオレゴン州初のウール生地ブランド、ペンドルトン(Pendleton)は日本でもその品質の高さで有名です。
アメリカ先住民との関係構築とともに蓄積されてきたこの技術は、どのようにして現在の地位を確立するまでに至ったのでしょうか。
英国の職人がたどり着いた新天地
創立者のトーマス・ケイがオレゴン州にたどり着いたのは1863年。自ら羊を育て、ウールを生産したいという思いとともにアメリカへ渡り、開拓の地として当時最新の州であったオレゴンを選びました。
ペンドルトン公式サイト:http://pendleton.jp
やがて彼の工場は長女ファニーへと受け継がれ、ネイティブアメリカンとの交易関係を築くこととなります。1898年にはさらにファニーの息子たちへと事業が継承され、本格的なウール生産が始まることになりました。
ネイティブアメリカンが求めるクオリティの追求
ペンドルトンが代々取引を行ってきたのは、アメリカの先住民族、いわゆるネイティブアメリカンの人々です。
20世紀初頭以降、ペンドルトンは彼らとの取引を積極的に進め、ブランケットやローブなど、数多くのウール製品を取引してきました。
その過程で、ペンドルトンのデザインにはネイティブアメリカンのニーズに応えるべく、彼らの伝統や神話に基づく趣向が凝らされ、彼らの身に付けるもののデザインについて深い造詣が内包されるようになっていきます。
そして、ネイティブアメリカンだけでは実現できなかったパターンのデザインをもペンドルトンは持ち前の技術力で叶え、ディテールにこだわった製品を彼らに向けて作り続けてきたのです。
ポンパレモール PENDLETON ナショナルパーク ウォッシュタオル
100年続く製造技術
ペンドルトンとネイティブアメリカンは今も交流を続けており、ペンドルトンのプロダクトには当時から続く知恵やビジュアルデザインの伝統が残り続けています。
ネイティブアメリカンの日常生活にも広く受け入れられた製品は、今や農業やアウトドアなど、先住民以外のアメリカ人にとっても信頼できる製品として受け入れられ、100年以上続く製造の歴史の中で幾度となくアップデートを繰り返してきました。
過酷なアメリカの荒野での生活にも、自然な形で順応しているペンドルトンの製品の数々は、週末のアウトドアや屋外での活動においても、タフな使い勝手を実現してくれるはずです。
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辻村 康
COO : 株式会社ゲンキの平和堂
COO、酒部部長、みけキャン副部長
「中古品、二次流通品、損害品、残置品を買取し、最適な市場に戻していく事で、社会的課題を解決する。」をテーマにリユース事業をやってるのと、レコード収集、キャンプ、映画鑑賞がライフワーク。世界一好きな映画は、トビー・フーパーの『スポンティニアス・コンバッション』。